闇夜(やみよる)4

 羽鳥隆之の父である朴芳雨は、国連軍による平壌制圧と続く治安維持作戦の際、駐留する兵士を相手に街に立つ男娼になる。12歳のことだった。現地入りした兵士の9割以上が、ナイジェリア、コソボ、あるいはソマリア出身の傭兵であり、朴は不潔な黒人に乱暴に犯されることに喜びを感じながら思春期を過ごした。東京、大阪、ソウルを結ぶ日朝音速鉄道が平壌まで延長されたその年、朴は長らく憧れ続けた日本にやって来る。1年後、歌舞伎町のスナックで働いていた羽鳥美智子と結婚した。朴は23歳、美智子は35歳であった。半年後、長男隆之を出産するも退院の翌日、抵抗を続ける北日本解放同盟の3・23JR新宿駅爆破テロに巻き込まれ美智子は爆死。保険金を受け取った羽鳥芳雨は息子を連れて東京を離れ、旧・岡山県倉敷市(現在はアルヴィニョン・カリフラワー教団の自治区)に移り住んだ。ろく…


「ねえ?まだ続くわけ?」


 私は我慢できなくなってカンチに問いかけた。カンチこと加持千草は、ちぐさなんて名前のくせに自称33歳のおっさん。とにかく本当におっさん。昨日ビールおごってくれた。33よりもっといってるかも!なんて私は思う。ハゲてるし、あぶらぎってるし。カンチが、なんでうちの高校に編入してきたかと言うと、曰く「羽鳥隆之を追ってきた」曰く「俺は警視庁の刑事だ、ちなみに階級は警部補」曰く「潜入捜査ってやつだ」曰く「カンチって呼んでね」だそうだ。一応言っとくと、織田裕二には、ぜんぜん似てない。おっさんなのに口調がすごいキャピってる。キター!


きれいなゆびしてたーんだねー
しらなーかったよー
となりにいーつもいーたなんてーしんじられないのさー


 レンが電脳メガネをいじりながらJ-WALKを歌い始めた。不機嫌になってる証拠だ。人間には決められた運命がある。って私は信じてる。そしていつも、目の前にはやるべき何かがあるんだ。いま、私がすべきことは、このおっさんのつまらない話を終わらせること。
「あのさ…」
「こっからがいいところだから」
 カンチは私の言葉に言葉をかぶせて、空気も読まずに話し続けた。


 ろくに日本語を覚えなかった芳雨に、職のあてはなかった。もともと美智子のヒモのような生活をしているときに隆之ができたのだ。何の因果だろうか。憧れの日本へ自分を誘った日朝音速鉄道建設時に整備されたが鉄道完成とともに用済みになり、その後は特殊法人の管理下で、せっかくのハイテクノロジーをまったく機能させず、ただの製鉄所と成り下がった、かつての高度循環資源工場。そこで、芳雨はゴミくずのような扱いを受けながら働いていた。芳雨の屈折のすべては隆之に向かった。芳雨は隆之を溺愛した。だが、その愛は狂っていた。芳雨は幼い隆之を意味もなく殴りつけた。普段は温厚な芳雨であったが、少しでも隆之がむずがったり、口ごもったりすると無表情に頭を拳で叩きつけ、隆之の顔面を壁に押し付け、真冬のベランダに放り出した。小学校に入った最初の夏休み。カールした金髪のかつらをつけられ、スカートをはかされた隆之は実父に初めてフェラチオをさせられた。その遊びは、隆之が身体的に成熟するまで毎週必ず2回決まって行われた。芳雨は喉の奥にひっかけるのが好きで、隆之が食べ物を戻しても、それを喜んだ。隆之が小学校6年生になると、芳雨は息子にソドミーをさせた。隆之が果てると、肛門に口をつけさせ、自らの精液を吸わせながら、芳雨はマスターベーションにふけった。ときには隆之の顔に排泄することもあった。


「あー。もう聞きたくない」
「はいはい。ん?なんで?」
「だって汚いもん…。つかね、吐きそうなんだけど」
「まあ、そうだけど、羽鳥隆之の説明をしないと、俺の来た意味?存在証明?わかんないじゃん?君たちに伝わんないじゃん?」
「あんたの存在証明とか、マジでどーでもいいから。MCATの本名くらいどうでもいい」
富樫明生でしょ?」
「ほんと、うざい!カンチ、マジうざい!」
「じゃ、手短に話すねー」
「ええ!?」
「羽鳥は学校ではガタイ良くてスポーツもできてさ、優等生。それで悪い奴等とも付き合ってるようなそんな奴だったわけ。リア充?そんな感じ。で、知ってる?旧倉敷の要中学。要中学のラグビー部で、1年のときからレギュラーやってて、戦後初の全日本と北日本の統一全国大会にも出てんの!優勝!すごくね?で、2年のときに女の子をレイプしたの。それはあいつの変態とは関係なくて、2人の先輩と一緒の、なんちゅーか極めてラグビー部的な行為だったんだけど、そんとき天恵が降りたんだって!ピカーンと来たって。自分は暴力で支配されてきたけど、支配する側だったって思ったんだな。で、オヤジの工場に行って鉄パイプの折れたのを探してきてさ。家に帰って、自分にケツを向ける親父のアナルから肩口にかけて鉄パイプで貫いた。オヤジの工場の鉄パイプで。うんこの処理を簡単に済ますように、いつもビニールシートをしてたから、そのままビニールでオヤジをくるんで、オヤジをひきずって工場に行って、熱波形エネルギー炉にオヤジを投げ込んで、おしまい。オヤジは行方不明になった。で、羽鳥隆之はスポーツ推薦でこの高校に来たと。」
「ふーん。なんで心理とかわかんの?おかしくない?」
「それは、企業秘密」
「警察は企業じゃねーだろ。それで関係あんの?」
「何と?」
バットマンと!あの爆発と!」
「それは、わかんないニャー」
「ちっ…なんだよ」
「ちっ…て!ちっ…て!」


なにもーいえなくてー
まだあいしていーたーかーらー


 レンは私たちの会話に口をはさまず、20世紀のヒット曲をとぼけた感じで歌い続けていた。