闇夜(やみよる)18

 快感にふやけるぐらいに浸りながら夕空に向け機関銃をババババババと乱射気味に威嚇射撃する私を携帯のバイブが邪魔をした。私は仕方なしに電話をとって液晶を見た。「非通知」 つまらない話だったら速攻切ろう。だって乱射したいんだもの。「もしもし…」無言。非通知で掛けてきて無言なんて私の怒りをマッドマックスにするつもり?「えーと。どちら様ですか!?今ちょっと立て込んでるんですけど!!」「突然ごめん。僕は羽鳥隆之。いや、僕はロビン…」は?ロビン?恋に破れたか夏の暑さにやられたかしらないけれど同情する暇もないので適当に電話を切る。私は機関銃撃つので忙しいんだ。よーし景気付けにもう一丁。バババババ。カイカン。

「次、来るぞ」キクリンから警告。

 正門のほうを見やると全身タイツのサイクロプスの両目からビームが発射されるところだった。私の威嚇効いてない。飛んできたビームを私とキクリンは華麗に左右に別れて飛んでかわし、伏せて衝撃に備えた。ビームはそのまま市民病院の壁にめり込んだニコラスを直撃した。ズガーン。爆炎と砂塵のミクスチャー・タイフーンがぶわっと飛んできて私は頭をあげられない。こーわーいー。ニコラス死んじゃった、火葬まで終わっちゃった、骨集めるの私だよ、うわー、なんて考えだか感情だかよくわからないものが頭んなかでグルグル回ってナマンダブナマンダブアーメンポクポクチーンとかやっていたら、病院の前を鳥取砂丘を作った風がピューと吹いて煙を流し去った。煙の向こうには無惨に焼け焦げたニコラスの死体があると恐る恐る少しずつ顔を覆う両手の指の隙間を開いていった。ニコラスは何もなかったように右手の親指を立てながらこちらに歩いてきていた。それから私が立ち上がるのに手を貸してくれた。ニコラスはいつの間にか黄色に黒のラインが入ったトラック・スーツに皮ジャンという趣味丸出しの格好に着替えていた。皮ジャンの背中にはドラゴンの絵とそれを覆うように斜めに入った「李小龍」の文字。

 「ノープロブレムだ。最低なお目覚めだが全部思い出したぜ」

 それからニコラスは私のすぐ傍ですっと立ち上がったキクリンを見て、「生きていたのか」と言った。え?知り合いなのなんで?キクリンこと菊池凛子は留年しまくりで陰毛ボーボーだけど社会的にJKはやばいんじゃないのとか思ってるうちにサイクロプスの目がピカピカし始めた。ピカピカピカピカピカピカ。ちょっと点滅がヤバめ。キッズ向けアニメなら画面に「テレビからはなれてみてね」とか出そうな点滅っぷり。全身タイツ軍団「嵐」の皆さんも「ちょっとサイクロプス、お前ピカピカしすぎじゃないか?」とか言って騒いでる。サイクロプス君は「TAIMAAAA!」と叫ぶだけで誰の声も届いてないみたい。ピカピカのあとにはビームが発射される。その前にやっつけなきゃ。チャーンス!機関銃の引き金を引く。カチチカカカカカ。音だけ。弾切れ?「キクリン、弾ちょーだい」と言ったら「弾はもうない」とか言うので後悔してもしょうがないけど一応後悔する。小さいころパパが教えてくれた水鉄砲の水がなくなったらときに唱えるおまじないを叫んでみる。「アパーム!」


 逃げようにも正門は「嵐」の連中に塞がれているしどーしよー死にたくないー。サイクロプスはビームの発射準備が完了したご様子で私とキクリンにピカピカした視線を向けている。キクリンが拳銃で応射しているけどサイクロプスには効いてないようだ。あいつ化け物だ。もうダメだ。これが絶望か。よくわからないけど。「ベイベ…」いつの間にか私の後ろにくっつくように立っていたニコラスが私のお尻をなでなでしながら耳元で囁いた。
「ドン・クライ・ベイベ。君のヒップに乾杯…お別れだ子猫ちゃん。いい女になれ」

 ニコラスは皮ジャンの前を欧陽菲菲のように開いて、身体に縛りつけたダイナマイトを私に見せた。店長…。私はニコラスの意図を知って声を失った。お尻から手を離すと大股でゆっくりとサイクロプスに向かっていった。やだやだやだー死んじゃうダメダメダメー。ニコラスの腕に何度もしがみついて止めようとしたけど凄い力で振り払われた。ムガー!ヤダー!キクリンが私の手首を手馴れた手付きで固めて言う。

 「奴は戦士だ。死に場所を探してきた戦士だ。行かせてやれ…」

 「なんでガススタのエロ店長が戦士なの?意味わかんないよ…離せーキクリン」

 サイクロプスの目はピカピカしていて今にもビームが飛んできそう。ムガー。離せー。ニコラスは反転して戻ってきた。ボクッ!激痛。ニコラスの拳が私のお腹に突き刺さっている。私は全身から力が抜ける。

 「店長…」

 「悲しいけど、これ、戦争なのよね…」

 ニコラスは湿った目でそう言うとサイクロプスに向かって駆け出した。離れていて聞こえないはずのニコラスの独り言がなぜか聞こえた。「この鳥取って街はクールだ…。あらゆる色で溢れていやがる」気障な馬鹿だ…。サイクロプスからのビームが何発かニコラスをかすって、そのたびにトラックスーツが千切れ鮮血が霧のように散った。至近弾でニコラスの右手首が裂けてすっ飛んだ。それからニコラスはサイクロプスに身体ごとぶつかった。無音。閃光。白。爆音。オレンジ。黒。ズドーーン。ニコラスの姿が消えた場所から十字架型の爆炎が上がった…。

 炎がおさまると「嵐」の連中も姿を消していた。私はニコラスが消えたあたりにふらふらと力なく走っていった。ニコラスは何かに祈りを捧げるように跪いていた。ああああよかったー。私はニコラスの前に腰を降ろす。私の目の前にあるニコラスの顔は火傷と灰でうす汚れていたけれど、毎日私を舐めるようにみていた、あの湿った目があった。いつもと変わらない湿った目。ただ…ただ…ニコラスはもう息をしていなかった。キクリンが「新型対衝撃スーツの性能か…」と背中で呟いている。私はニコラスの瞼をそっと下ろし、湿った目が渇かないように休ませてあげた。ニコラスの瞳を閉じると、いつも目に溜まっていた水分が溢れて頬に真っ直ぐなラインを描いた。私はニコラスの頭を抱きしめ、一緒に泣いた。