闇夜(やみよる)45

ねえ 綾香


あたし達の出会いを覚えてる?


あたしは運命とか


かなり信じちゃうタチだから


これはやっぱり運命だと思う


笑ってもいいよ


あたし達の出会いを覚えてる?


 鳥取の町はいつの間にか、バットマンが暴れ回るようになっていて、電車が走ったり止まったり。結局、今日も学校まで行くのに5時間もかかってしまったけど綾香との会話を盗聴したファイルを聴いていたあたしは少しも退屈しなかった。だけど綾香は自分のことばかりしゃべってあたしの話は少しも聞いてくれてなかったね。ときどき意味不明だし。今だって鳥取駅の改札前でおしゃべりをしていたのにバットマンホテルニューオータニを爆破しにくるって聞いた途端、レンから借りたギブソンフライングVを担いで北口へと飛び出しちゃったね。


 ねえ 綾香 あたしは今、あなたを後ろから見つめている。怪人との戦いで擦り切れた白い夏の制服。つむじ風に翻る短いスカート。肩に担いだフライングV。美しい戦いのミューズ。あたしたちのクラスメートだった小向美奈子を覚えてる?ミナコだよ?もっとも、素行不良な感じのコで、窪塚君アイキャンフライ事件のあと、ひっそりと学校を辞めてしまったから、綾香はもう覚えてはいないかもしれないけれど。ミナコ、コンドームに入れた覚醒剤を性器に隠し持って国道9号線を歩いていて逮捕されたんだって。そう あたしたちが夏が始まる前、肩を並べて海を彩る光を見たあの白兎海岸の近くで。クラスのみんなは誰もミナコのことを思い出そうとしない。あんなに綺麗だったミナコが住所不定なんだよ。ミナコのガラスの靴はなんで途中で脱げたんだろうね。


 鳥取有数のホテルが燃えている。綾香。バットマンが来るよ。爆風と爆音ですらも綾香を引き立てる脇役に過ぎない。バットモービルが来るよ。フライングVを振り回しながら綾香が黒い変態チックな車に突進していく。そして歌う。「バイト代どおしてくれんのおおおおお!あとニコラスの仇いいいいいい!」フライングVがバットモービルに振り下ろされる。中学の修学旅行。真夏の長崎を二人で抜け出したときのことを覚えてる?通り雨にあたしたちは打たれて石階段の上にあった名前もない教会に逃げ込んだよね。あの荘厳な鐘の音。今、バットモービルからはあの鐘の音がしたよ。ガゴンガゴン。あの鐘に合わせて口ずさんでいたメロディーをもう一度聴かせてよ。そしてあたしは声を出してしまう。「綾香…その黒い変態をぶっ殺せっ!!!頭潰せっ!!!」 


もしも綾香が男だったら


一世一代の恋が出来るのに


あの頃あたしはよくそう思ってた


だけどそしたらこんな楽しい


思い出ばかりにはきっとならなかったよね


恋に痛みはつきものだから


溺れてゆく程苦しいものだから。


 バットマンに逃げられた綾香が肩で息をしている。まさか、潰したはずのバットモービルからバイクが飛び出してくるなんてね。あたしは綾香の肩を包む。駅前のロータリーはバットマンに襲撃され怪我をした人や死体であふれ始めたよ。綾香。おつかれさま。今日は帰ろう。南口の方で爆音がする。また何かが破壊されたらしい。綾香の手の下に力なくぶら下がったフライングVが乾いたコードを鳴らしたようにあたしには思えた。


 「ミキ?」「ん?」「また逃げられちゃった…」「次はやれるよ」「うん…」そうだよ綾香。次はバットマンを倒せる。今日だっていいところまでいったんだから。もう夏は終わる。学校は学園祭に向けて大騒ぎになる。今年の会場は変な仏像のある鳥取城址。夜中に目が光るってウワサのヒゲ仏像のあるあそこ。「ロミオとジュリエット」頑張ろうね綾香。


ねえ 綾香


あたし達の出会いを覚えてる?


あたしはかなりのタチだから


綾香がネコであったらなんて


ベッドのなかで想像しながら


身体の芯を熱くしていたりしたんだ。


笑ってもいいよ


あたし達の出会いを覚えてる?