闇夜(やみよる)33

 何度呼び鈴を鳴らしても羽鳥の出てくる様子がなかったので私はミドルキックを羽鳥の部屋の分厚い扉へお見舞いした。私はまだ鳥取市内のすべてを掌握していたし、羽鳥のケータイのGPSがこの部屋を指し示しているのをもわかっていたから自信を込めてキック。扉が壊れたら?何度も鳴らしたのに出てこない羽鳥が悪い。マジガンギマリ当たり前。乙女キックを受けた扉はゆっくりと部屋の内側へ倒れ、私は足を中へと踏み入れる。ガゾゾゾジョリジョ。引き摺るような音が暗闇からする。おかしい。部屋の灯りは点いている。私は目を凝らす。暗闇ではない。巨大な黒い物体から音がしている。ジョジョジュオ。崩れた球体。黒く細いワイヤーが球体を支えつつ移動している。羽鳥の声、もうそれはかなり微弱になってはいたけれど、この黒い物体のなかからした。私は黒い物体に近づき手を伸ばす。すると黒い物体の一部がびょっと伸びて私の右手の指先から肘までを掴んだ。細かい毛のようなものが表面で蠢いている。私は強引に引き剥がそうとしたけれどもう完全に密着していて叶わなかった。私の右手は支配された。「忘れたとは言わせないぞ」「まあお前たちから見たら俺はゴミ同然かもしれなかったけどな」「痛いんだよ。腕がよう」「死にたくねえよう」羽鳥ではない声。そして聞いたことのある声が聴覚ではなく支配された右手から電脳に直接流れ込んできた。油断したせいで攻性防壁を貼るのが遅れ、声の流入を許した。「俺の首と左手を返せ」「家族に会わせてくれ」「悪魔め」ああああああああああ。私の右手を覆う黒の表面に細かい突起が浮かび上がり、突起は小さな頭部になった。目玉を抉られた顔。鼻から上を水平に切断されて桃色の脳髄を垂れ流しながら口だけが哂っている顔。左即頭部だけを丸く撃ち抜かれ、孔から蛆虫が沸いている顔。右半分だけがマグマのように溶けてしまった顔。頭を左右に真っ二つに割られて眼球が零れてしまって揺れている顔。私は残された左手で右手に生えた黒い顔達をゲンコツで叩き潰していった。私の拳が当たるたびに顔はグジャっと嫌な音を残して潰れていった。グジャグジャグジャ。潰れてもブクブク泡を噴いて抵抗している顔は捻じ切った。「お前は最高に最低な死神だ」そう言い放った捻じ切った顔を私は壁に叩きつけてシミにする。電脳のハックを回避した私を右手を覆っていた黒が開放する。しゅっと本体の球体に吸い込まれていった。

 羽鳥の反応はまだこいつのなかにある。私が黒い球体のワイヤーを掴んで剥がそうとすると表面が水面のように変化、凝固し形を作った。直径二メートルの黒い球体の一面に浮かんだ大きな顔。見たことのある湿った目。店長。ニコラス。
「店長どうしたの?」
「どうやらあの目がピカピカした奴に突っ込んでヘヴンにいくときに俺のワイルド・アット・ハートは捕らわれてしまったようだぜベイベ」
「お葬式終わったし死んでるんでしょ?」
「とっくに死んで俺のワイルド・アット・ハートは肉体からフェイス・オフしてるぜベイベ」
「んじゃ容赦なくいくねー」
私は腰をひねり上げトルネード投法から弾丸パンチを繰り出そうするとニコラスが騒ぎ出した。
「ベイビー。それどうなの?人として。確かに俺は俺じゃない。俺が死んでいるのは間違いない。でもそれちょっと人としてどうなんだよベイベ」
「いやいやいや店長のなかに生きてる人いるから助けないと。だいたいあんたのいってることが嘘かもいれないじゃん」
「ビリーブ!」
「じゃあクイズ!」
コン・エアー!」
「ニコラス店長、つまりあんたはバイトをしている私のバディのどの部分をいつも眺めていたでしょう?本人なら簡単でしょ?」
「俺のスネーク・アイズは常にオッパイにザ・ロック!」
「ブブー。ニコラスはいつも私のお尻を眺めてましたー。あんた偽者ね」

 私はトルネードからフルパワーのパンチを偽者の眉間にぶち込んだ。衝撃波で湿った目玉がゴロリと手前に飛び出す。私は空になった両目に腕を突っ込みグジャっとしたなかで腕を組みそのまま両手でバックドロップをして球体の表面を引き剥がした。それから剥がれた偽ニコラスが沈黙するまで踵で叩き潰した。黒い球体のなかには毛むくじゃらになった羽鳥がいた。以前の羽鳥とはまるで姿を変えていたけれど今の私にはわかる。私は今半径50キロのすべてを把握している。ピコーン。ゴゴゴゴゴ。猛スピードで鳥取駅訪問から突き進んでくる物体を私は知覚する。駅前商店街松坂屋鳥取店前に設置された防犯カメラが捉えた影をハックして解析。コンマ0.01秒。解析結果は「影=バットモービルバットマンバットマンは何がしたいのか興味があるけれど今はちょーっち関わりたくない感じ。私はカンチと落ち合うために学校へ向けて羽鳥を抱えて空間を飛ぶ。そうそう偽ニコラス、あなたニコラスにしては毛が多すぎなのよね…。