闇夜(やみよる)34

 鳥取第一体育館の中央に造られた特設リングにバットマンが舞い降りる。オレはすっかり目が点だったが、バットマンとレンの様子を冷静に見つめようとしていた。
「TAIMAHHHHHHHHHHH!!!」
 叫び声とともに客席からサングラスの大男が立ち上がる。いや、サングラスではない…と思った瞬間その眼のあたりからレーザー光線のようなものが発射されてリングのバットマンを襲う。バットマンは華麗なイナバウアーを披露するとビームを避ける。ビームはリングのロープを焼き、反対側の客席へと照射されて、親子連れ四人家族の小学生くらいの息子の頭を貫通し、息子は直立したまま脳漿を周囲に撒き散らし悲鳴が上がる。オレの2.0を超える視力は完璧にそれを捕らえていた。ビームをきっかけに館内は阿鼻叫喚のパニック状態に陥る。人々が叫びながら出口に向かう。レンも一目散に後方に向かって走り始めるがオレはバットマンから目が離せない。
 バットマンがまだリング内にいたマイク下田に何かボソボソ話しかけると、マイク下田はバレー選手がレシーブをするように中腰になり腕を前に突き出して手を上に向けてしっかり握る。バットマンは千葉島から来た格闘家と何か関係があるのだろうか?と考えていると、バットマンはマイク下田の手を踏み台にさっきの目がピカピカな大男に向けて大きく跳躍する。
 ダメだ!物理法則に従い放射線を描いて空中を飛ぶバットマンはビーム光線のいい的じゃないか!実際、目がピカピカ男は目に手をあてがい、空中のバットマンに狙いをつけている。鳥取第一体育館の天井にも届きそうなほど大きくジャンプしたバットマンは額に両手を広げてかざす。そしてバットマンに向けてビームが発射されると、バットマンの体から光があふれてすべてを包み込んだ。


 静寂。
 何時間も何日もたったような静寂の中、オレは荒野に立っていた。ここはいったい…。プロレス会場は、バットマンは、どうなったんだろうか。オレは一人荒野に立っている。いや、ここは荒野ではない。地面から垂直に岩肌が上空へ伸びているし、その三方は地面が途切れている。岩肌の反対方向には途切れた地面から少し距離を置いて、岩肌がそびえ立っている。向かい合う切り立った岩肌はどこまでも続いている。ここは、大きな大きな谷だ。谷には、足場になるような大きな平地がいくつも飛び出していてオレはその中のひとつにいるのだった。おそるおそる地面の端まで行って谷を見下ろすも、その底は真っ暗でどこまで続いてるのかわからない。上を見上げても雲か霧のようなものに覆われて谷の上端は見ることができない。ここは何もない。地面の端には何か、模様が書き込んである。それは向かい合うように端と端にある。古代文字で書かれた円のような……これは魔方陣ってやつだろうか。触るのはやめておこう。

 …
 …
 え?もしかしてオレはここで孤独死するの?ちょっとそれは勘弁してくれ。何でオレここにいるの?ねえ?どうやって帰るの?しばらくボケーっとしてたけど、夢なら覚めてもいいころのはずだろ!何だよブー!ええい、もう知らんわ!と思ってオレは魔法陣に向かって走り急ブレーキ、そろーり足を踏み出して乗ると目から見える景色が一瞬で切り替わった。やはり同じような切り立った谷の平地にいるんだけど……これはさっきとは違う場所だ。この魔法陣は瞬間移動装置か何かだろうか。いや、そんなことよりももっともっともっと決定的にオレを驚かせていることは、目の前に女の子が立っていることだった。まるでダイビングスーツのような真っ黒い体に密着したスーツを着ているが、その質感はゴムというよりももっと硬質なそれだ。でも体にそっていて、華奢な体のラインがはっきりとわかって、それでオレはドギマギしてしまう。女の子が閉じていた目をゆっくり開ける。その目はどんな黒よりも暗かった。そう、まるでそれは闇夜。彼女の髪は腰までまっすぐに伸びていてキレイに長さがそろっている。前髪は眉毛の上で横一直線にやはりキレイにそろえられていた。彼女は僕を見下すように見据え億劫そうに口を開いた。
「鳥は高く天上に蔵れ、魚は深く水中に潜む。鳥の声聴くべく、魚の肉啖ふべし。これを取除けたるは人の依怙也。」
「え?え?え?な、なんですか?」
「繰り返すポリリズム。その起点へとようこそ」