闇夜(やみよる)31

 オレはツッパリヨシヅミ、つっぱってる。本名は斉藤智文なんだけど、みんながヨシヅミって呼ぶのは石原良純ってのに顔がそっくりだかららしい。オレはそのヨシヅミは知らないが、ヨシヅミって呼ばれるのは嫌いじゃなかった。だからヨシヅミだと名乗る。名はいつかその人の本質になっていく。今じゃオレはヨシヅミだからオレなんだと思う。
 突然だが少しヘビーな話をすると、オレのマブダチでバンドのベースのジョニーの彼女のテルミが始皇帝の連中に姦わされたのが先々週の金曜。テルミが部屋で首を吊ったのが先週の日曜。学校休んでメールも返さないテルミをおかしいと思ってテルミの家に電話してテルミのお母さんの4年ぶりくらいに喋ってテルミが意識不明の状態で鳥取総合病院に入院してるのがわかったのが月曜。オレはすぐにやばいと思ってジョニーを探したが、ジョニーはもう勝手に復讐に行って、あっさりと返り討ちにあってレンチで頭を殴られて頭蓋骨陥没で同じ鳥取総合病院に入院中。テルミを好きだったオレが親友のジョニーのためにその気持ちを抑えたのが中二の秋。んで完全にキレたオレが生まれて初めて人を殺して大仏の近くに死体を埋めたのが今週の月曜。実行犯たち三人は片付けたが、リーダーにも落とし前つけてもらわないとオレが怒りで気が狂いそうなので、オレは今レン・イーモウを追ってプロレスを見に来てる。今頃砂丘の中でその体を微生物に分解されてる羽賀研二(なんまんだぶなんまんだぶ。でもお前が悪いんだぜ)が言うには、レン・イーモウは女をレイプしたこともなければ自分で暴力を振るうことも好まないらしい。だからと言って、女の子がレイプされてる現場でニヤニヤしながらハッパとか吸ってるような奴はオレは絶対に許さない。実行犯たちだって殺すつもりはなかったし、その件に関わってないレンをそのために殺すのは確かに少しは気がひける。だが、中途半端にシメたら行方不明になってる実行犯の件でアシがつくかもしれない。だからオレはオレの復讐と保身のためにレンを殺すかもしれないと思ってる。
 プロレス会場に忍び込んだオレは指定席の券がないので、レンの少し後ろにある空いてる席に座るけど、その席を買った家族連れが遅れて来たんで「あ、間違えちゃったー」なんていいながらまた空いてる席に移動したところで、選手がリングインする。すごい歓声がわきおこる。EWHのエース三沢信長だ。対抗するコーナーでは千葉島から来たマイク下田が芋焼酎のとっくりを持って三沢をまっすぐに見据えている。そこでオレは「おや?」と思う。あのマイク下田の目はエンターテイナーの目じゃない。グラディエーターの目だ。オレは理解する。なぜならオレも人を殺したからだ。羽賀たちを埋めたあとに公衆トイレの鏡に映ったオレと同じ目をマイク下田はしている。なぜだかオレはそこで泣きそうになる。手が震える。あのマイク下田と話してみたい。できることならば、助けてほしい。そう考えたところで、オレはオレが人を殺したせいで少しおかしくなってることを自覚する。そんな自分に驚いているところにゴングが鳴った。

 右手を上にあげニギニギしながら広いリング内を右回りに移動しようとしていた三沢に、マイク下田はまっすぐ少し小走りに近づいていきなり口に含んでいた芋焼酎を三沢の顔に吹きかけた。マイク下田はすぐにパンツに手を突っ込むと、顔を抑えてヨロヨロする三沢の足元に取り出した落花生を撒く。三沢が落花生に足をとられて転ぶ。ラッセル・クロウにそっくりなマイク下田は三沢の喉元を全体重かけて踵で踏みつけ、三沢が10秒くらいのた打ち回った末にピクリとも動かなくなってあわてたレフェリーが両手を振って、そこで試合は終わる。オレも含めて観客は全員ポカーン。マイク下田はキョロキョロするとリングから降りて、そして声を拾うところに大きなピンクのスポンジがついたマイクを持ってまたリングに上がってくる。肩を上げて大きく息を吸い込むようなジェスチャをしてマイク下田がボソボソと話はじめる。
「あの、こういうこと言うと、うわっ理屈っぽい人間ってやだなぁ、なんて思う人が大勢いらっしゃるような気も少しばかり、ほーんの少しばかりするんだけどさぁ。そもそもワスが…」
 そこで客電が落ち会場が真っ暗になる。マイク下田の声も聞こえなくなる。停電したらしい。代々木第一体育館の非常用の電灯がぽつぽつとついていって、少しだけ会場が明るくなる。それらの弱い電灯がつききったところで、ガシャーン!黒い影が天井を突き破って落ちてきてドカン!と大きな音。黒い影がリングにうずくまっている。それはバットマンだった。