闇夜(やみよる)25

「迎合界isファッキンバビロンの呪縛…どうしてこんなブルシットになっちまいやがったんだぜ!?」
 窪塚洋介はひとりごちた。こないだまでは、うまく行っていた。出席回数が足りず留年してもう一度一年生をやらされると聞くまでは。そのこと自体はどうでも良かったが、それを機に運気が悪くなったのだ。そう窪塚は信じていた。
 去年から始めた商売は窪塚曰く「パーフェクトなアイディア」だった。卍LINEの妹分にあたるチーム「℃-ute」、そこの女子中学生にウリをさせる。商売相手はmixiやらモバゲーやら旧世代のSNSで食いついて来る中年男たち。完全会員制と称して個人情報を必ず聞き出す。多くの金を落とす常連客は優遇しサービスする。窪塚自身が女をオヤジの家までバイクで送ることすらあった。一度や二度しか利用しなかったオヤジは、卍LINEのメンバーが逆に強請りをかける。大して金にならないケースもあったが、窪塚たちは徹底的にやった。それが一番楽しかった。家族を崩壊させ、社会的地位を失わせ、ケツの毛まで金をむしる。最高に興奮した。それまでは、それでうまく行ってた。いつもと同じはずだった。犬山万寿夫。あのメガネをかけた小太りの男も、窪塚がちょっと特殊警棒で脇を突き上げてやると、小便を漏らし泣きながら土下座した。ケチな、つまらないオヤジの一人。サイフには十万円札が3枚とクレジットカード、現金は少ないが上々だろう。さらに脅すと窪塚のローカットブーツのつま先まで舐めた。端的に言ってカスだった。


 しかし、まさか奴が犬山組組長の血縁だったことは大きな誤算だった。諜報係のムラヤマをシメたが、むろん何の解決にもつながらない。卍LINEには犬山組傘下の貧乏くさい鳥取ヤクザからの追い込みがかけられた。詫びで済むはずもなく、窪塚は殺されるかもしれない。
「サノバビッチ!…ちくしょう。ストマックがいてええええ」
 恐怖で二日間下痢が止まらなかった。さらに悪いことには、「始皇帝(ファースト・エンペラー)」の連中がびびってるチームのメンバーを取り込もうとしていた。「始皇帝」に入れば安全が約束される……どうして、そんなことができる?あの一年の(とは言え留年したせいで窪塚と同級生だが)レンとかいうデブ。なんでそんなコネを持ってるんだ。もはや小学校のときからつるんでいた幹部たちも窪塚の前から去っていってしまった。もう潮時か……。
 窪塚は電脳メガネのアドレス帳をめくり「大野智」に電話をかける。大野は呼び出し音が鳴る前に電話を取った。
「TAIMAHHHHHH!!!!!」
「ヤーマン、オレだ。サイクロプス。オレのハッパは全部お前にやるよ。アディオス、バビロンで会おうぜ」
「TAIMAHHHHHH!!!!!目がピカピカァァァァァァァァ!!!!」
 電話を切った。

 その時、右手のこうがチクッとした。綿毛のような何かが刺さっている。飛んできたであろう先を見ると……レン・イーモウ??あのメタボ野郎、右側だけ不気味に唇を歪めて笑ってやがる……。
 窪塚の顔から血の気が引いて真っ白になり、静脈だけがすべて青く醜く浮き上がった。そして窪塚は白目を剥いた。何か薬物を注射されたらしい……。ら、らめぇ。きもぴいいぃぃぃぃぃ。
「誰も見たことないような世界はもう目の前よ!つまり人呼んでザイオンに駆けてく俺らはライオン!」
 窪塚は叫んだ。クラスの全員がハッと窪塚の方を凝視する。
「ヤーマン!」
 そして窪塚は窓に向かって走り出した。