闇夜(やみよる)16

バットマンマキシマム・ザ・ホルモンフェノメノン!」
 バットマンの腕から剛毛だかなんだかよくわからない針の弾丸がジョーカーと呼ばれたピエロ男に向かって発射される。
「殺った…!ウヒヒヒ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
 バットマンは突然、饒舌になったようだ。顔をチラ見すると、勝利を確信したのか、例のニヤニヤ笑いを浮かべているぞ。視線をジョーカーに戻す。ジョーカーは必死にマシンガンで針弾を打ち落としている。バットマンの腕からは、針弾がやまない…って、バットマンの腕から煙が立ち込め肉がなくなり骨が露出してる!どんな理屈かわからないが、針弾を打つたびにバットマンの腕の肉がなくなっているのだ。しかしバットマンはニヤニヤ笑いをやめずに針弾を撃つ続けている。カラカラカラカラ。あっ、ジョーカーのマシンガンは弾切れのようだ。僕も勝利を確信する。っていうか、勝利なのかな。そもそも僕とバットマンは仲間なのだろうか。


か・め・は・め…


「波―――――!」
 そのとき、衝撃波(としか形容できない空気を震わす、しかし可視化した何か)がバットマンの針弾をはじき飛ばした。その衝撃波の波動の先には、両手を合わせ手のひらを開いて前に突き出している男がいた。男は、ち、宙に浮いている!?銀行屋上の上空2メートルくらいに男はいた。ロビンになっていると、僕の視力は4.0なのではっきりと男の詳細がわかる。頭は剃っているのかハゲなのかツルツルで、おでこに六つのお灸の跡みたいなブツブツが三つずつ縦に並行に並んでいる。オレンジのスポーツウェアを全身にまとい服の中心には黒ぶちで白抜きの大きな円。中には「亀」と書かれている。バットマンがひとりごちる。
「糞原淋太郎……クソリン!生きていたのか!?なぜジョーカーと!!」
 くそりん?変な名前。とにかくあいつも手から何か飛ばすし、クソリンが只者ではないことは明白だ。やべー。
「くそ!フォーメーション・ガンマでいくぞ!ロビン!援護しろ!!」
「え?なんすか」
「ブタ野郎!しっかりしろ!」
 怒られた。理不尽にも怒られた。
「は〜!」
 振り返るとクソリンが右手を開いて天に突き上げ、なにやら気合を入れている。ジョーカーは無表情でこっちを見ている。
「まずい。まずい、ものすごくまずいぞ」
 とバットマン。すごくおろおろしている。僕もあたふたする。そのとき、クソリンの両目がキラリと鈍く光る。
気円斬!」
 クソリンの手の少し上の空間に巨大なせんべいみたいなものが出現した。クソリンが投げるしぐさをすると、せんべいは僕らに向かって勢いよく飛んできた。
「ロビン、危ない!」
 バットマンは僕を突き飛ばした。僕は地面に倒れる。僕を押したバットマンがバランスを崩しているところに、せんべいが迫る。せんべいは一旦、道路すれすれまで降りてきて、そこから道路沿いに少しずつ上昇しながら飛んできた。それは一瞬のことだった。せんべいは、シャマラン店長が路駐していたシルビアとバットマンをぶった切った。バットマンは胸のあたりで一刀両断され、倒れていた僕からはその瞬間、バットマンの臓器や骨の断片が見えた。赤いのや黄色いのや白いのが、ほんのわずかに絵画のようにきらめき、次の瞬間には赤黒くグチャグチャになった。バットマンの頭と肩と胸がドシャリと地面に落ちる。バットマンの胸から下は立ったままだ。あわわわわわわわわわわわわわわわ。
「おぎょぽげぷじょぷぎょぎょぎょんむへぃ」
 バットマンは何かしゃべろうとしているが、口はパクパク変な言葉を発するだけ。だって頭と肩と胸だけなんだから。マスクで表情はわからないけど、こっちを見てるみたい。でも僕はそれどころじゃあわわわわわわわわわわわわわわ。殺される殺される殺される殺される殺される殺される。僕も死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
「うわーーーーーー」
 僕はとにかく走った。なんで僕がこんなことに。いやだ、死にたくない。死にたくない。死にたくない。ひたすら走って倒れて、もう走れないやってくらい走ったから、頭がボーっとなってて気づいたら、あーちゃんに電話をかけていた。電話番号はこの前、勝手に調べた。あーちゃんの顔がただ目の前にずっとあった。どこをどう走ってきたのか、さっぱりわからない。ただいつのまにか海へ来ていた。広大な海。誰もいない海。二人の愛をたしかめたくって。人がいつか死ぬのなら、人はなぜ生まれてくるのか。あーちゃんと話したら、その答えがわかる気がする。トゥルルルルル、トゥルルルルル。ガチャ。
「もしもし!」
「…」
「えーと。どちら様ですか!?今ちょっと立て込んでるんですけど!!」
「突然ごめん。僕は羽鳥隆之。いや、僕はロビン。僕には、僕らには向かい合う運命がある。闘うべき宿命がある。もうすべてが繋がっていて、すべてが伝わってると思う。でも僕は言葉にするよ。ただ君を愛してる」
「はぁ?」
 …。ツーツー。電話は切れた。