闇夜(やみよる)15

 「ないよ〜」しみてきた。「ライタンないよ〜」すげえしみてきた。「パパのメカニックライタンないよ〜」パパの騒々しい泣き声がキズにしみて痛くてしょうがないのでケガで学校を休んでいる私は今日の我が家が私にとって安息の場所ではないと知って脱出することにした。メカニックライタンはウチの食器棚にずらり並んだライター戦士の一人。「黄金色のライターが正義のためにロボットに変形して戦う!」なーんて「黄金戦士ゴールドライタン」の企画を通した玩具メーカーアニメ会社は変なクスリでもやっていたとしか思えないほどクレイジーなんだけど、そんなお世辞にも人気があったとは思えないライタン達を「子供に黄金のライターを買わせようとする姿勢がロックなんだよ〜タスポがなきゃタバコも買えないこんな世の中じゃポイズン♪」とか鼻歌を歌いながらシルク布で磨くのがパパの趣味だから困る。スコープライタンの次点でカッコ悪いメカニックライタンが行方不明になって朝からこの騒ぎだ。大人って馬鹿だ。まあ馬鹿になれるってのは幸せだし朝から大音量でチャゲアスを聞かされるよりはまだましなので私は迷子のメカニックライタンに感謝したけど。次はスコープ、あんたの番よ(はーと)。

 鳥取駅前ロータリーでの原付すっ転びパンツ丸出し出血大サービスで全身がアスファルトにキッスすると同時に気絶して前後の記憶がすっ飛んで身体中が打ち身切りキズアザだらけになって「しくしくお嫁に行くどころかもう学校に行けない〜うえ〜ん」と傷ついているマイハートにこれっぽっちの気遣いもしないで朝っぱらからライター玩具のために大声で泣きわめくパパの近未来に行われるであろうお葬式で流す予定の涙の三割削減を私はさっき決めた。その三割の数パーセントをカンチの前でとろりと流して雛型ポーズで胸を寄せて真っ二つに折れちゃったフェンダームスタングの許しを乞おうではないか!ナイスアイディア。最近私冴えてる!

 家を出たところで行き先もないのでニコラスに電話する。「店長いまどこ〜?」ケガして鳥取市民病院に入院していると軽く吐いたのでしめしめこれでバイト代を取立てられるフフフと黒い気持ちでぶぶぶぶと原付を走らせていると市内に付けられた災害用スピーカーが鳴り出した。「ピンポンパンポーン。あなた追って出雲崎悲しみの日本海〜只今マイクのテスト中あ〜只今マイクのテスト中。ゴホン。俺はジョーカーだぁ。今から30分後に鳥取市内のF銀行のどこかを襲うぜ。どの支店を襲うかはショータイムのお楽しみ!ピンポンパンポーン」暑くなるとこういう馬鹿が多くなる。鳥取市内にはF銀行は一つしかないっての。鳥取なめんな。警官に待ち伏せされてジ・エンド。

 市民病院一般病棟五階端の病室にいるニコラスは火傷で顔の半分が変色していた。「顔半分フェイス・オフ!今日から俺はトゥーフェイス!お前にバイト代をやるのもやらないのも運次第!」とお得意の湿った目で私の無敵お尻を眺めながら叫んでから10円玉を宙に投げ、かっこつけて手の甲で受けようとして失敗してカラランと床に落ちたのをそのまま拾ってあげたけれど、ニコラスはどちらが表側だか知らないので結論は出なかった。トゥーフェイス?えー!私にはあしゅら男爵にしか見えなかった。

 あれ?ニコラスのベッドの傍らにあるテーブルの上には菊の花やおはぎや紅音ほたるの表紙が目を惹く「雑誌411」9月号と一緒にブタの形をした蚊取り線香が置いてあって、鼻の穴からもくもくと煙を吐いている。隣にはパパのメカニックライタンがあった。

 「店長これどうしたの?」

 「さっきやたらメイクの濃いナースが『蚊が出ますから』とか言って火を付けて置いていった。俺のワイルドアットハートは蚊になんて刺されたりやしないぜベイビーって言ってやったけどな。 ハニーは照れたみたいですぐにリービングラスベガスしたぜ」

 私はピキンと閃いて頭のなかのとんちんかんちん一休さんを「一休み一休み」から叩き起こした。「慌てない慌てない」「慌ててるの一休!ハリアップ!」すると一休が「ブタのなかにはダイナマイトが仕込まれていて三分後に爆発するようセットされてるよ母上さま」と囁いた。一休プリティ。私はニコラスの片足を掴んで引き摺ってナースステーションに駆け込んで婦長の細川ふみえに「爆弾が仕掛けられてるー脱出ぅ脱出ぅ死んじゃうぅ」と泣き叫んだけれど聞いてもらえなかったのでニコラスを引き摺って病室に戻り窓からブタをぶん投げてやろうとしたけど重くて持ち上がらない。爆発したらメカニックライタンからパパの指紋が出てテロリスト認定されちゃうどどどうしようーと狼狽していたらニコラスが「ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン」と叫んで十円玉を投げた。裏。

 ニコラスは必殺の湿った眼差しで言った。「俺を使え」

 やる、やれる、やるんだ。私は深く息を吸い、それから吐いた。直感的にカシミール・オリンピックでみた室伏三世のハンマー投げの見よう見まねでニコラスの両足首を掴んだ。乙女フルパワーでニコラスをぶんぶん振り回した。私を軸にした巨大なベーゴマの勢いが最高になったところでニコラスの顔面でブタを打つべし打つべし打つべし。ぐびぃっひぎゃ。鼻骨が砕けた音を残してブタ爆弾は窓ガラスを突き破って飛んでいって空中で爆発した。ちゅどーん。やったーメカニックライタンとパパを守った〜と勝利のポーズをとる間もなくニコラスと私も勢いで窓から飛び出してしまう。それぞれに悲鳴をあげた。

 「コン・エアー!」「落ちるー死にたくないー!」

 ニコラスがクッションになってくれたお陰で私はテレマーク入れちゃうくらいの余裕で着地。ニコラスは白目で頭からだらーと血と脳味噌みたいなもんが漏れてきたので死んだかも。なんまいだー。店長の分も強く生きるよよよよと泣こうとしたら「その男を渡してもらおう」という若い男の声。声のほうを見ると病院の正門をバックに男が五人。全員がマーブル調の変態全身タイツ。サングラスをかけて焦燥しきった男が話を続けた。

 「俺たちは嵐。俺はリーダーのサイクロプス。死にたくなかったらその男を渡してもらおう」

 ニコラス渡せない。バイト代を貰うまでは。貰ったらどうでもいいけど。ニコラスが突然立ち上がって「この子を撃つなら俺を撃て!」と叫んだ。ニコラスの原爆つくったジュリー追っかける菅原文太並みタフネスに私はすげーと驚いた。サングラスを外したサイクロプスの両目は異様にギラギラしていた。ヤバイ感じ。

 「OH!NO!RANKOOOO!TAIMAAH!」

 突然サイクロプスが叫んでヤバ目からヤバめなビームが発射されてニコラスを直撃してすっ飛ばした。あれ?ニコラス連れ戻すとか言ってたのに撃っちゃったよ。ニコラスは病院の壁にキリストのように十字になってめり込んでいる。直感、ピーンチ。「まったく世話のやける…」物影からキクリンが現れた。ジョン・ウーの映画みたいに両手には拳銃。「あなた銃器使える?」とマシンガンを私に渡してきた。使えるわけないーーていうかバットマンなんで来ないのよ!役立たず!これを切り抜けたら正体明かしてやるんだから。私は扱ったはずのないマシンガンの安全装置を的確に解除して空に向かって威嚇射撃をした。バババババババババ!

 「カ・イ・カ・ン…」