闇夜(やみよる)9

 私にとって最悪の目覚めはいつもチャゲアスによってもたらされる。私の家には朝ゴハンのときにチャゲアスを流すという友達に絶対に知られたくない慣習があって数あるチャゲアスの曲のなかでも私は「SAY YES」が流れると頭痛というか頭のなかがじゅじゅじゅと掻き毟られる感じがする。「余計な〜ものなど〜ないよね〜アアーッ〜すべて〜が君と僕との〜」の「アアーッ」てところ。なにあれ。なにが「アアーッ」なの。嫌いな奴に慣れ慣れしく名前を呼ばれている感っていうか背中をしょしょしょしょと名前も知らない虫が這って歩いていくような不快感が頭のなかでチリチリとスパークする。だいたい歌詞カードに「アアーッ」なんて書いてないし意味わからない。あの部分がスピーカーから出てくるだけで私の中の怒りの神もむくむくううううくうアアーッと瞬間的に目覚めてマッドマックス状態になってしまう。今日は最低。「SAY YES」。しかもバカのカンチがバンド始めるとか突然言い出して無理やり「イッツ・ベター・トゥ・バーン・ナウト・ザン・トゥ・フェイダ・アウェイ!!!こいつはブリッジがGOTOH社製のチューン・マティックに変更されているゴキゲン仕様だぜ!なあレン!お前はベースで。俺ボーカル!」なんてまったく意味のわからないことを言いながら押し付けてきたフェンダームスタングを担いで出かけるのだから最低×最低。重いー。フンガー。昨日寝る前に練習しようとケースから出した瞬間にどうやって構えたらいいのかさえわからなかったので私にはギターの才能がないというか一生ギターの神が降りてこないってことを一瞬にして悟り今後一切エレキギターに触れないと決めたので今からさっさと返しにいく。ギターを担ぎ入院中のニコラスの原付で待ち合わせの鳥取駅へと向かう。ボボボブボボ。エンジンが微妙に不調なのはガソリンの質がまた落ちてきているからだと思う。二気筒50ccエンジンが泣いている。ボブボボッボボ。私の希望は冷蔵庫にある『パステル』のやわらかプリンだけ。私の宝。ア・ニュー・ホープ。食べた奴皆殺し。キル。

 鳥取駅へ行くときは小山になっている鳥取城址の大昔は天守閣があったであろう場所に建てられた「大仏魂」を左手に眺めながら道なりに走っていく。「大仏魂」の足元には「動物園ナッシング」という鳥取人唯一のコンプレックス克服のためにつくられた「鳥取動物園」があって「鳥取だけに鳥だけ!ニワトリ追っかけて君もロッキー!」のコンセプトが悪かったせいか毎日閑古鳥がコケコケと鳴いてる。鳥取は不発テポドンが一発砂丘に突き刺さったくらいで戦禍に巻き込まれなかったくせに「大仏魂」みたいな平和祈願の建造物がやたらと多い。テポドン騒ぎで人口と企業の大半が逃げてしまい、逃げたもんのほとんどが移住した先々の土地に愛着と利便を感じて戻ってこなかったせいで税収が壊滅的に減ってしまったのを観光事業で補填しようとしたからだ。それで莫大な予算をかけて出来上がったものが「大仏魂」。「大仏魂」は停戦直後に平和を祈願して造られた全長57メートルの仏像で、謎の中国人龍来趁が『仏魂拳』なる演舞を披露して永遠の生命とやらを吹き込んだらしいけれど手抜き工事のせいでその半年後には大半の塗装と外壁の一部が剥がれてしまったらしい。大体仏像のくせに半月型のヒゲがニョキーンと生えているのがいかにもインチキ臭い。そういえば「大仏魂」がバットマンのアジトだって噂もある。「鳥取動物園」の鳥たちが盗まれるなんて事件も起こったけれどあれもバットマンが関係しているという噂だ。証拠もなにもないのに。もうなんでもバットマン。学校なんてバットマンの話題で沸騰しそう。「バットマンの正体は?」「バットマンの目的は?」「バックには誰がついているんだ?」「ロビンは?」「バットガールは?」皆が話題にしている。バカのカンチは仕方ないとして「あの」冷静なレンでさえも熱病につかれたようにバットマンの話ばかり。私は数少ない目撃者の一人なのだけれどほとんどバットマンのことはわからない。ただ私の直感が「バットマンは正義じゃない」「バットマンは正義じゃない」「バットマンは正義じゃない」とリフレインで叫んでいる。私はバットマンただの暴力的な変態のような気がする。まだよくわからないけれど。

 午後6時。待ち合わせの午後5時半はとっくに過ぎていて鳥取駅北口前のミスドで何杯目かのアイスコーヒーを飲みながら怒りを抑えていた私の携帯のバイブがプルプルとジューシーな私の太ももを揺らす。んもー。カンチ遅刻。カンチはいつも眠そうな顔をして遅刻をする昼夜問わない遅刻ジャンキー。しかもなんで番号非通知なんだバカ。私は携帯に怒りをぶちまける。


「もー遅刻するならもっと早く連絡してよ。バカアホトンマ。私、プリン食べるの我慢して出てきたんだから!」


「へ?プリン?なんのことでしょうか?」


妙にオドオドしていてカンチの口調とは違う。私はさっきの発言をなかったことにして質問。


「あのーどちら様でしょうか?」


「はじめまして。私はモリタといいます。まあこれはコードネームで愛称はトランプマン。私を畏怖するひとはジョーカーって呼んでいるみたいですけどね…」


「はあ?」


「いいんです私のことは。それよりも私は貴女にバットマンについて訊きたいのですがお時間頂戴できますかね?」


バットマンなんてちょっと見掛けただけで全然知らないんですけど…」


ホーリーシット!そんな嘘お見通しだ。私のことを馬鹿にしていますねレディー?甘くみてもらっては困るなあトランプマンを。地獄のジョーカーのカードきっちゃいますよ。ショウ・タイム!」


 ガチャ。一方的に意味のわからない話をされた私は直感的にギターを担いで店を飛び出し鳥取駅北口のロータリーへと走った。するとマンホールや物蔭から胸の白いところに「8月」とマーキングされたペンギンが1匹、また1匹と姿を現し私を取り囲んでいった。よく見ると頭からラジコンのアンテナみたいなものが生えている。ざっとカウントして300羽の改造ペンギンが私を中心にして半径5mの円をつくった。完璧包囲網。包囲網はゆっくりと狭く小さくなっていった。なんだかわからないけどどうしよーそう思ったときだ。ずばばばっばば!バットマンが空からと登場し私の後ろに背中を合わせるようにして立った。えー!もしかして正義の味方なの?バットマン。私の直感大はずれ。ごめんバットマン。とか思っているうちにバットマンは8月ペンギンズの群れに向っていってボコボコぶん殴り始めた。あれー私から離れたら私を守れないよバットマンという悲痛な思いに気付くことなくバットマンはペンギンをボコボコ殴っていく。マスクから見える口元は笑っていた。ごめーん私の直感。やっぱ間違ってなかったみたいとか考えているうちに8月のペンギンがビューと尖った嘴を頭にしてミサイルみたいに飛んできた。私は自分でもわからないうちに身体を仰け反らしてペンギンの攻撃を紙一重でかわす。私は私自身がどう動いたかよくわからない。身体を起こすと私の嫁入り前の腕に一筋の傷が出来ていて血がどろりんと流れた。ああ、もうやばい。8月ペンギンズ怖い。バットマンは勝手にボコボコやってるしこのままじゃ私大怪我する。泣きそう。チャゲアスで目覚めて大怪我してプリン食べれないなんて最低だ。そんなのいやあああああああああああ。カチリ。私の頭のなかで何かが弾けた。私はギターを皮ケースからずずっとひっぱり出して殺傷能力を高め細い部分を両手でがっちりとグリップしてブン回しながら8月ペンギンズへと向っていった。誰これ?いつもの私じゃない。私のなかで何かが起ころうとしている。ペンギンズに向ってギター・チョップ一閃。何匹かのペンギンがフェンダームスタングですっ飛ぶ。うりゃーーーー。負けてられないのよォー。四方からの8月のペンギンの攻撃を私はすべてカポエラでかわす。カポエラ?やったことないのに?殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。あれー。おかしい。やっぱりやっぱり私のなかで私でない何かが生まれ始めてるなにこれ。うりゃーあああ。ギターをブン回すとまたまた何匹かのペンギンがすっ飛ぶ。振り返るとバットマンは勝手に薄笑いを浮かべながらペンギンをボコボコにしている。私はペンギンの突進をフェンダームスタングで迎え撃つ。負けてられないのよー。プリンが待っているんだから!またまた8月ペンギンがすっ飛んでいく。四方八方からの8月ペンギンミサイルをブレイクダンスでかわすとホバリングした3匹のペンギンが縦列になって猛スピードで突っ込んできた。私は1匹目の通称「ガイア」を踏み台にして2匹目の通称「マッシュ」にフェンダームスタングをお見舞いして3匹目の通称「オルテガ」に膝蹴りを喰らわせて鮮やかに着地。あああああ、私の手がああああ。アイヴ・ガット・ブリスターズ・オン・マイ・フィンガー!!!フェンダームスタングを投げ捨てた私は私の必殺フェンダームスタングで失神している8月ペンギンの「マッシュ」を担ぎ上げて背骨をへし折る。血の滝のなかで私は私の口が私の言葉でない言葉を発するのを私の耳で聴いた。


「エーステ!」