闇夜(やみよる)7

 あーちゃん、かわいいよあーちゃん。
 カチ。吉沢明歩「ハイパー×ギリギリモザイク ものすごい顔射」を見終えてメガネのチャンネルを変える。パンツを履く。やはりAVは21世紀初頭に限るぜ。愛のないセックスにより広がる致死性の感染症LOVELESS」が猛威を振るって四半世紀。今やAVの主流は電脳世界に移行してしまった。脳に直接快感のイメージを投影する。「PTA公認のアダルトビデオ」って何だそれは。ぜんぜんILLじゃない。僕は女の子の、脇のジョリジョリした感じが好きなんだ。触ったことないけど。妄想だけど。DTだけど。YOチェキYO。僕はオナニーするときもNaSの「illmatic」を聴いてる。まさにマン・オブ・ザ・マン。ドープなテンションヌが俺を支配する。俺に触るんじゃねー。怪我するぜ。
 カチ。ネットにアクセス。メガネを操作するとき、アナログスイッチを押す音を模した「カチッ」というサウンドエフェクトが鳴るが、電脳化社会に生きているとアナログスイッチを押した経験なんてほとんどない。でも僕はそこにリアルを感じる。それはDNAの螺旋の端の、父や祖父の記憶、なのか。そんなことを考えるのは、なかなかページが開かないからだ…キタ。僕が通う私立諸星学園の公式ソーシャルネットワークサービス「肉神(にくしん)」のトップページ。ログイン。マイ肉は6人しかいない。それもこれも加持千草とかいう奴が僕のありもしない噂を言いふらしてるからだ。Shit。上等だ。あの野郎。いつかシメてやりたい。キルマッシュ!そのうち遊んでやるぜ、首を洗ってまってろメーン。気を取り直してパトロールを開始する。「肉神」に僕の足あとは残らない。僕は「友人まで公開」の日記もメッセージもすべて読んでる。生徒全員の日記をこっそり読める。それは僕の父が生きていて、普通のおっさんで、「肉神」の管理者だから。諸星ホールディングスのサラリーマン。課長。だから僕は「肉神」のすべてを見ることが出来る。
 カチ。「肉神」を離れ、学校裏サイトに行く。加持のカキコに寄ると、僕の父は半島の生まれで、僕をアナル虐待して、僕に殺されたらしい。Son of a Bitch!!くそっ。ジーザスひどい。何度読んでもマジでくじけそうになる。さらに許せないのは、加持の野郎が、なぜかあーちゃんたちの仲良しグループに属してることだ。レン・イーモウみたいなヤンキーがあーちゃんのそばにいることだけでも、気にいらなかったのに。FUCK!ジーザスひどい。それなのに僕はみんなからキモがられている。死んだ父にソドミーされたから。FUCK!SHIT!FUCK!SHIT!FUCK!ファッキンガム宮殿!ふんがー!
 …。カチ。裏サイト内でもVIPしか読まない「諸星学園美少女まとめリスト」。あーちゃんこと大滝綾香は、1年生の美少女ランキング8位ということになっている。あーちゃんには、熱狂的ファンがいるけど、アンチも多い。あーちゃんがゴリラだなんて言う奴もいる。ジーザスひどい。そんな奴は死ねばいい。死ねばいい。死ねばいい。死ねばいい。死ねばいいんだYO。あーちゃんはギミックじゃねー。リアルだ。わかるやつだけわかればいい。僕が、あーちゃんを見初めたのは、卍LINEの窪塚が死んだときだ。何か騒ぎが起きたので、昼寝から覚めて見に行った。「誰かが落ちた!」マジでか?すっげ。ドープな空気感。汚物のにおいが充満してる。んで、あーちゃんが、そこにいた。屈んでたんで、ブラがちらっと見えた。僕のチンチンは確かにエレクトロ・ワールドしていた。でも起っていたのは単に朝起ちしてたからだ、いや昼だったんだけど。変に思われたかな、と思って後で、彼女の日記を探して読んだ。「窪塚君の死体見て勃起してた変態がいた!超キモい!」Oh! You can’t see me。想像してたよりも最悪に誤解されてた。ジーザスひどい。でも、それから彼女に夢中になった。なぜかはわからない。一度あーちゃんにマイ肉申請したことがある。話したことないけど、もしかしたら受けてくれるかと思ったから。
「僕は羽鳥隆之。林業課の3組。みんなハットリ君って呼んでる。呼んでないけど。とにかく、マイ肉になってくれたら嬉しいな。よろしく。ぶちかましてくっぜ。ヾ(・∀・)」
 返事はなかった。
 カチ。再度「肉神」にアクセス。大滝綾香。あーちゃん。ああ。好きだ。日記を読む前に、自己紹介が更新されてないかチェック。

あーちゃんです。
趣味:TVを見ること
好きな映画:ショーシャンクの空に
好きな音楽:EXILE
よろしくー。

 淡白なプロフィールは変化なし。今日も異常なしだ。問題ない。だが、日記を読んで僕は心底びっくりした。

「今日シャミネでバットマンと遭遇!超びびったよー。」

 一行。いつものようにシンプル。だが………バットマンだと!
 僕は机の上の小型冷蔵庫を開けた。冷蔵庫いっぱいのクール宅急便。さっき届いたやつ。差出人:バットマン。ビリビリと包装紙をやぶく。真っ黒な箱。箱いっぱいのコウモリのマーク。開く。小さなメモとキンキンに冷えた、軽いサングラス(のような何か)。フレームはゴツゴツと隆起し銀色に輝いている。巨大なレンズはエメラルドのような深い緑。メモにはこう書いてあった。
「君は選ばれた。俺はバットマンだ。君は俺の相棒ロビンとして巨悪と闘う運命にある。そのロビンマスクをそうちゃく汁!そのとき、ロビンマスクは君に超人のパワーを与えるだろう。ロビンマスクは、毎日冷やさないと効果を発揮しないから気をつけろ。家庭科は5だったな、スーツは自作しろ。ヤーマン。」
 その日を境に僕の運命はすべり出した。僕は気づかなかった、メモの裏に「副作用として、ものすごくヒゲが濃くなります」と書いてあったことに。