闇夜(やみよる)6

 「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」爆破事件で火が点いた一連のバットマン騒動のせいであれだけクラスで愛されていた戒名平和乃愛波動卍線洋介こと窪塚君のことなんて皆すっかりあっさり忘れてしまったのに存在感ゼロのキクリンこと菊池凛子のお見舞いに行こうという話になったのは昼休みにカンチが言い出したからだ。カンチはキクリンと面識がないはずなので私は納得がいかないし、だいいちキクリンなんてホントどうでもいいし、とにかく全然意味がわかんないのでとりあえず私はカンチに文句を言う。


「カンチ。あんたキクリン知らないのに何でそんなこといいだすのよ」


「月夜に悪魔と踊ったことがあるか?」


 バカとの会話は確実に美容によくないので私は会話をやめる。レンとミキとシノブとカンチと私でカラオケ勝負して負けた人間が一人で湖山駅から歩いて10分にあるキクリンの部屋までお見舞いに行くという善意なのか悪意なのかよくわからない行為をすることになり「カラオケシダックス鳥取千代水」でミキティーの「ブギートレイン'03」をイントロから終わりまでホゲ〜ホゲ〜と音程を外し続けた結果「採点不能」を叩き出した私がキクリンのお見舞いにいくことになった。ていうかカンチの「美貴様美貴様お仕置きキボンヌ」コールのせいで調子狂った。あいつ馬鹿だ。いつも眠そうだし。
 

 私はほんとにキクリンなんてどうでもよくて、バットマンとパーになってしまったバイト代というか月末の支払いで頭がいっぱいだった。先月鳥取公民館で盛大に行われた「鳥取ガールズコレクション」で買いまくった洋服の支払いどうしよー夜のバイトはバットマンに襲われるからこわいしーなんて悩みに悩んで鼻のうえにニキビ予備軍が出来てしまった私は行方不明になってしまったニコラス店長から拝借したままの原付でボボボボボと鳥取駅までかっ飛ばしキクリンのために貴重極まりないガラスの十代を浪費する。鳥取駅は先の大戦砂丘に落ちて突き刺さったままになっているテポドンをモチーフにした駅弁「デポ丼」が一部の好事家に有名なくらいで特にみるものはないので私は駅ビル「シャミネ」に浮気することなく愛する山陰本線の三階にあるホームを目指して階段を駆け上がった。階段の途中でパチパチっと音に気づきしゅたっと立ち止まる。振り返るとスーツ姿の小太りメガネがケータイのカメラを構えて「ど、どーも」とかキョドって言っているので私は一歩二歩と間合いを計りビリーズブートキャンプwii フィトで鍛えた体を右足を軸に時計回りに高速回転させてパンツ丸見え出血大サービス有情破顔回し蹴りを喰らわした。小太りメガネは「ヒデブっ!」て声をあげて回転しながらすっ飛んで私は軸足のブレなさに驚嘆してすげーwii フィト!なにこのバランス感覚!任天堂神!ていうか私凄い!なんて自分ラヴに浸っていたのだけれど、ただすっ飛んで階段から転げ落ちればいい小太りメガネが余計なことに生後数カ月の可愛いベイビーを乗せたベビーカーを引き上げていた佐久間良子風の若奥様に激突して衝撃でベビーカーがタタタタヮと階段を加速しながら滑り落ちていったので私の自分ラブはすぐに終わる。回転を終えた私は体勢を整えるのに精一杯で階段を加速しながら下っていくベビーカーに間に合いそうになくてヤバイと思った。タタタタと降りるベビーカーは不思議とスローで、ベイビーの泣き声と佐久間良子の叫び声は遠くなっていって、私は何かが起こる直感がした。ずどどずびゃーんばりゃばりゃ。激震と爆音とバラストの雨とともに天井が避けて羽付きの黒い塊が降りてきた。私は思わずミーハーみたいな声を出していた。


バットマン!」


 バットマンは階段の半ばに横たわっている小太りメガネの急所に強烈なバットキックをお見舞いしてから階段を丁寧に小走りで一段一段駆け降りてベビーカーが一階のフロアに激突するのを寸前で受け止めベイビーを抱き抱えるとひとっ飛びして小太りメガネにバットパンチを喰らわせて失神させその小太りの腕にベイビーを預けた。それから階段を小走りに駆け足で降りていったので私も取りつかれたようにそのあとを追った。私が駅から出るとバットマン鳥取駅北口のロータリーに無断駐車していたバットモービルに貼られた警察の駐車違反シールをびびびと剥がしてまさに乗り込もうとする瞬間で私は「待ってー!」とたすき掛けにしていたアウトドアプロダクツのダッフルバッグ(レッド)をぶん投げたけれど全然届かなかった。私がバッグに追いついたときにバットモービルは静かに発進したので意外とエコに考慮した設計なのかもしれない。見かけは変態だけど。バットモービルは制限速度キッチリに走り右ウインカーを点滅させながら左折していった。わけがわからない。


 バットマン鳥取駅に大穴を開けてしまったので私は仕方なくニコラスの原付で湖山まで行くハメになった。キクリンのアパートについてベルを鳴らす。ポンピーン。反応がない。ぽんぴーん。やっぱり反応がない。私は勝手に部屋に入ることにする。キクリンいるー?キクリンの部屋はスチール製のデスクとベッドだけがあって床にはミドリ十字の包帯が散乱していた。あまり関わりたくないので皆でカンパして大丸鳥取店で買った菊の花をデスクの上に置いて帰ろうとした私は写真立てを見つけた。写真のなかで無表情なキクリンと大柄な男が並んでいた。悪寒が走り振り返るとシャワーを浴びたばかりのキクリンがバスタオルを肩にかけたまま陰毛ボーボーの裸で立っていた。キクリンはつつつつと私のほうに歩いてきて手から写真立てをひったくり私たちはバランスを崩して床に倒れた。私はキクリンの上に覆いかぶさるようになり右手がキクリンの乳房に触れていた。私はすぐに立ち上がって謝った。


「ご、ごめんキクリン」


 パンティを履き終えたキクリンは写真立てを抱きしめながら呟いた。


マンモス西長官…」


「キクリーン。ケガ治っているんならさ学校来れば?」


「ときどき、死にたくならない?」


 駄目だ。意味わからない。たぶんキクリンは人と会話する能力がゼロで将来就職出来ずになんだかよくわからない会社興して社長室で花火やって火事起こして多額の借金を孫のセワシ君まで残すタイプの迷惑な人だ。私はキクリンの部屋から出て原付にまたがった。エンジン音が妙だった。いつもはボボボボなのに今はぶーんぶーんぶーんぶーん。利口な私はまだエンジンを掛けてないことにコンマ2秒で気付く。東の空から何かが飛んでくるのが見えた。円盤。あれ。近づいてくる。コウモリ型の飛行機。バットウィングっていうの?よくわかんないけど。近づいてくる。ものすごく大きい。おおおおおきいいいいい。やがて私の頭上鳥取市を覆うほどの大きさになって空中に静止した。「インディペンデンス・デイ」に出てきたエイリアンのUFOみたい。超巨大バットウィング。私はなんか直感的に市の中心部に向かって原付を走らせていた。映画だったら普段は飲んだくれの駄目親父が飛行機で特攻してピンチを救うのにーなんて思いながら原付をボボボボボボと走らせた。超巨大バットウイングの口が開いた。青白いビームが発射されて鳥取市東町にある鳥取県警に直撃して建物が爆散し十字型の爆炎が上がる終始を原付を停めて私は見た。ずずうずずずうん。重い爆音。もしかしてバットマン、違法駐車取締りにキレて県警ぶっ壊したのかななんて私は思った。なんとなくだけど。そして私はオズマからの電話で「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」のニコラス店長がコウモリマーク付のブリーフ姿で額に「肉」と落書きされて鳥取城址石垣に逆さまに吊られているのを発見されたのを知った。いったいこの鳥取で何が起こっているの?私のバイト代出るの?