闇夜(やみよる)2

 朝からレンの机にはジャンクなお菓子が山のように積まれてあって、私は「また何かあったんだな」って直感した。レンには何かイライラするようなことがあると、コンビニの棚にあるお菓子を丸ごと買い占めて一気に食べるっていう悪いクセがある。そのおかげでレンの体は高校1年生には思えないほど大きく膨れ上がっていて、歩いている姿は人間というか戦車みたいな貫禄があった。ポッキーを1袋そのまま頬張って、コーラのペットボトル(もちろん1.5リットルのだ)で一気に胃の中に流し込んでいくレンの勢いに、私は朝ごはんに食べたフレンチトーストを戻しそうな気分になった。
「レン、そんなことしたら、また太るよ?」
「うるせぇな!」
 レンの怒鳴り声は、先生が入ってくる前の教室の騒がしさを一気に静まりかえらせる。入学式からまだ一週間もたっていないのに、みんなレンにはビビッていたんだ。なにしろ、あの体型だし、乱暴者だし。それにお父さんが中国の大きな会社の偉い人だったから。中学の頃から不良グループのリーダーだったって言う噂はもう3つ隣のクラスまで広まっているって話だった。
 でも私はレンのことなんか怖くない。レンとは小学校から一緒だし、ホントは良いヤツだって知っている。アイツが、毎朝飼ってる5匹のイヌの散歩をしてから学校に来ることも。プリンス、マイケル、アレサ、ビヨンセ、そしてジェームスと名づけられた5匹の黒い犬たちはみんなかわいい(名前の由来はよくしらないけど)。だから怒鳴られたってへっちゃらだ。
「なんかあったんでしょ?言いなよ」
 ポッキーをあっという間に空にしたレンは、次にナイススティックの袋を開け始めていた。顔は不機嫌なままだったけれど、レンはきっと私に返事をするかしないか考えている。アイツだって、私がちゃんと心配してるっていうことを分かっているんだ。
「ミヨシがやられたんだ」
 レンはナイススティック2口目のところで返事をした。
「ミヨシが?なんで?」
 ミヨシはレンの中学の同級生で(つまり私の同級生でもあるわけだけれど)、レンの子分みたいなヤツだった。ミヨシの家は街のバイク屋さんで、レンのグループはミヨシの家のガレージに隠したバイクで街中を走り回っていた。レンの家には野球場みたいに大きなガレージがあるけれど、お父さんが厳しいから自分のバイクなんか置けるわけがない。それで、レンは子分のミヨシに結構感謝しているところがあった。「俺が悪ぶっていられるのもアイツのおかげだ」って感じで。
「知るかよ。アイツはただいつものように単車を乗り回してただけだぜ?それがいきなり病院送りだ。意味わかんねーだろ?足を一本折られて、アイツはしばらく松葉杖生活だってよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。っていうかアンタら、もうそんな危ないことしてんの?中学の卒業式で言ってたじゃん!『高校に入ったら、もうハンパなことなんかしねー』って」
「は?オマエ、何勘違いしてんだ?オレらはまだ何もしてねーよ」
 私はてっきりレンたちのグループがもう他のグループとケンカをはじめたのかと思っていた。レンのグループ「始皇帝」(と書いてレンは『ファースト・エンペラー』と読ませていた)は、この街じゃ結構有名だったけど、これまでは「ヤツらは中学生だから」っていう理由で高校生のグループからは相手にされてなかっただけだ。でもレンが高校生になった今、他の悪いヤツらが目をつけてないはずがない。
「じゃあさ、一体ミヨシは誰にやられたの?」
 私は思わずレンに詰め寄ってしまう。レンの席に一歩近づくと、いろんな甘い匂いがさっきよりも強く感じる。それが強ければ強いほど、レンの心のなかのストレスはきっと重くなっていることを私は知っている。汗まで甘くなったら要注意。甘いものの食べすぎで中学の3年間でレンは2度も入院をしていた。
バットマン
 レンの口からでた言葉に思わず私は「は?!」という声をあげてしまう。「私が心配してるのにバカにしてるわけ?」と思ったのは声がでてからだった。でも、レンの目は本気だった。「何かがはじまりかけているんだ」と私はまた直感した。それがなんなのかはまだ全然わからなかったけど。